第2回「作家性 sense as an author」レポート
- staff

- 2020年6月14日
- 読了時間: 3分

2020年5月23日(土)15:00-17:00
技術の哲学カフェ第2回は第1回同様、Zoomを用いたオンライン形式で行われました。参加者は10名、老若男女交えての開催となりました。オンライン画面の背景を明るい街並みの写真やイラストに設定している方がいたり、現実の明るい部屋で参加してくださった方もいて、とてもにぎやかな画面になりました。
テーマは「作家性」ということで、自己紹介は各々が関心のある作品のジャンルを交えながらの挨拶となりました。挨拶で挙がっただけでも、小説、映画、アニメ、漫画、美術、歌など、多様なジャンルの関心の参加者が集まりました。一方で、哲学カフェのタイトルにある「技術」と「作家性」に関心を持たれた方もいらっしゃいました。挨拶の後、主催者の戸谷さんから「哲学カフェとは問の答えを得ることが目的ではない」との断りが入りましたが、今回の哲学カフェはその言葉をまさに実感することになりました。
哲学カフェの構成について、前半に「作家性」に関する自由な議論を行い、後半では参加者が議論したい1つの問いについて深堀りしました。
前半戦だけでも議論は盛り上がり、問いの候補は次の10点にのぼりました。
1. 作家性は本当に存在するのか?
2.「作る」とはどういうことか?
3. 製作者が沢山関わっているとき、読者が感じた「作家性」は誰によるものか?
4. 作家性とブランドはどう違う?
5. 歌における作家性とはなに?
6. 作家性と感じるものはどの段階で生まれるのか?(例えば、本なら読む段階で生じるのか、それとも書いている段階で生じるのか)
7. 作家性は、作家本人が自覚して表出させているのか?
8. 商品開発や技術開発においても「作家性」は現れるのか?
9. 作家性は作者が意図的に残すものを指すのか、鑑賞者が作品内から発見するものか?
10. 企業における特徴的なデザイン、思想みたいなものは作家性になるのか? 例えば、BMWのフロントデザイン、ナビの設計思想など
そんな中、今回の問いに決まった「作家性と感じるものはどの段階で生まれるのか?」は特に盛り上がりを見せました。作品のジャンルに限らず、作家性とは作者が作品に意図的に込めることができるものなのか、また読者が作者から独立して見出すものなのか。はたまた、風景のように作者のない自然物に対しても「作家性」を見出すことはあり得るのか等々、話の方向は問いに限定されず、広く議論の対象に上がりました。
参加者さんから参考図書として『13歳からのアート思考』を紹介頂きました。アートを植物で例え、クリエイターの興味から表現に至るまでのプロセスを植物の形態(根や花など)に例えて説明したものです。議論の中では、制作過程を素材選びまで細分化して着目することもありました。また、もっとマクロな視点で、様々な作品が生み出される「文化」の中で、クリエイターのオリジナリティが現れる「作家性」に着目する場面もありました。
一方で、村上春樹や押井守といった具体的な作家名を挙げて、作品に触れた体験や感想を交えながら、作風や作品の雰囲気に対する印象について読書会のように話す場面もありました。音楽の分野では音楽家バッハと、バッハの作品を巧みに演奏したピアニスト:グレン・グールドが登場したり、「作家」という言葉に縛られない読み込みは、自由に話題が展開される哲学カフェの醍醐味だったと思います。
各々の関心事がたくさん登場して話は大変盛り上がったのですが、明確な結論が導かれることはないまま、あっという間に終了の時間がやってきました。締めの感想では「「作家性」について、分からないなりにみんな「作家性」が好き」という言葉がありましたが、とにかく参加者の皆さんの興味を惹いたテーマだったのではないでしょうか。今回の哲学カフェは新たに抱いた疑問をお土産に幕を閉じたのでした。
(横山高史)



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